IMDb编号:nm0457219
简介:1930年生于东京,父亲是日本著名剧作家岸田国士。1946年高中毕业后进入自由学院高等科学习,49年毕业后进入文学座负数演剧研究所。53年出演了由今井正导演的她的处女作《浑浊》。59年,因演出《蔷薇与海盗》等获得以其父之名命名的文学座的岸田国士奖,成为戏剧界的名人。从影后也成就非凡,1962年,因在市川昆的名作《破戒》和小津安二郎的《秋刀鱼之味》中的出色表演而获得日本《每日电影》蓝绶带奖最佳女配角奖。虽然在多部影片中她一直以配角出现,但其表演很受很评。多年来一直活跃于戏剧舞台、电影及电视荧幕上。54年她与男演员仲谷升结婚,78年离婚。
IMDb编号:nm0605270
简介:森雅之出生于北海道上白石村(现在札幌市白石区)。父亲是小说家有岛武郎, 森雅之母亲是陆军大将男爵神尾光臣的女儿。1911年,森雅之的母亲与他父亲在札幌任教,并生下了他以及后来的两个弟弟。1916年,母亲因结核病去世,1923年,父亲也自杀离开。 1932年,森雅之从京都大学哲学科中途退学以后,立志当一名舞台演员。他在小筑地剧场初次登台表演,从1937年到战后1950年,他一直参加演出剧团民艺。1947年,森雅之在叔父小说作品改编的电影《安城家的舞踏会》中扮演落没家族的长男开始受人瞩目,进入了电影界。并相继主演了同样是改编自文学作品的影片《雨月物语》、《浮云》等。 给森雅之带来国际名誉的是《罗生门》,他出演片中的丈夫。后参演了黑泽明的《白痴》,利用深厚的舞台背景,为角色带来丰富微妙的演绎。晚年,森雅之曾活跃于电视连续剧中。1972年,剧团民艺公演的舞台剧《三人姉妹》成为了森雅之最后的作品。1973年,因直肠癌死去。 森雅之的妻子是宝冢女演员梅树香,两人育有一女中岛葵(1945~1991),也是一名演员。
IMDb编号:nm0442733
简介:[編集] 来歴・人物
慶應義塾高等学校中退後、俳優座演劇研究所に入学。1956年、映画『裁かれる十代』でデビュー。同年、初の主演作『処刑の部屋』で注目を集める。以降、大映現代劇の若手2枚目トップスターとして多くの映画に主演し、京マチ子、若尾文子、山本富士子、岸惠子らと共演。映画代表作に増村保造監督の『巨人と玩具』『妻は告白する』、小津安二郎監督の『浮草』、市川崑監督の『おとうと』などがある。
1962年に大映を退社以降は、テレビに活躍の場を移し、テレビドラマ『キイハンター』に出演。1969年、株式会社川口プロモーションを設立。フジテレビ競馬中継の司会・解説を努めるかたわら、1970年、川口浩探検隊の前身の『ザ・ショック!!』(日本テレビ系)を企画・出演。
1977年にスタートした『水曜スペシャル』(テレビ朝日系)「川口浩探検隊」シリーズ(全43回)が人気を博した。同シリーズは人気シリーズであったにもかかわらず、長らく再放送(時々夏休みと冬休みの時期、そして1992年3月に一部の番組が一度された)もビデオ化もされなかったが、2005年1月26日にユニバーサルから人気シリーズ6本が初めてDVD化された。この探検隊で1983年6月に放送された番組内にてピラニアに指を噛まれて大怪我をしたのは有名な話である。このピラニア事件は正真正銘の不慮の事故であったが、番組内の毒蛇や毒蜘蛛に襲われたり底なし沼にはまるなどのアクシデントシーンは殆どがヤラセであった。そのことを皮肉った曲「ゆけ!ゆけ!川口浩」を嘉門達夫が歌い、ヒットさせている。
家族は、野添ひとみと2人の娘の4人家族だったが、悲運の生涯であった。1982年に母・三益愛子が死去。翌1983年に次女が死去。1985年に父・松太郎が亡くなるのと同時に本人も胃ガンと診断され、手術後に闘病生活に入るが、1987年11月17日に食道癌の為、死去。享年52(満51歳没)。妻の野添も1995年に死去した。
[編集] 競馬
川口浩は野添ひとみ夫人と一緒に、1970年代前半にはフジテレビで競馬中継の司会・解説を務めたほどの競馬ファンとして知られたが、自身もマルガリータ、マスカラーデなど中央競馬でも競走馬を所有し、活躍馬を出していたことでも知られた。
另
http://www.douban.com/note/171595090/